よかったね~

 よかった日だったので日記に残したい。

 

父親とふたりきりで買い物をしました。一日の半分を父親と過ごすのは、人生で初めてだったかもしれなくて、緊張した。前日に父へ予約を入れ、当日にバスの時間を指定し、二人きりでバス停に並んで、一言も話さないままバスに乗った。私は父親のことが好きだし尊敬しているけれど、話すのは難しい。「一番広いからここが好き」と十年前に言っていた座席を選んで座ってみたら、十年の間に座席は小さくなっていたようで、父親は足を斜めにして膝をたたみ、縮こまって座っていた。狭かった?と聞くと大丈夫と言われ、以降会話は無く、私は15分だけ『ねじの回転』を読んだあとは外を眺めて過ごした。ずっと緊張していた。歩道橋と公園が重なる景色の中に桜が咲いていて綺麗だった。もう緑色がちらほらあった気がしたけれど、どうだろう。気のせいかもしれない。

 

 買い物は携帯の機種変更が目的でした。無事達成した。

ケータイショップに着くと早々父親は「一周見てくるから好きなのに決めな」といなくなった。ケータイショップも、当たり前だけれど知らない人ばかりで、床も壁も白く光っているし、人も多くて辛かった。携帯とかよくわからないから話しかけてくれないかな~と店員の前をうろうろしていたら、本当に話しかけてくれて、色々相談することができた。機種変更という言葉もそのとき教えてもらった。機種変更って何ですか?と聞くのはものすごく恥ずかしかったので、もう忘れない。

一人に説明を聞いてはお礼を言って別れ、うろうろして、また現れた店員さんに相談してはお礼を言って別れ、というのを三、四回繰り返した。三、四人の店員さんはみんな優しくて、営業用のスピードトークでたくさんのことを教えてくれた。私が黙ってしまうと、料金プランだとか、名義変更のやりかただとかを気まずそうによどみなくしゃべり続けていた。私はよくわからないけどそれらしく頷いて、結局は本体価格で候補を絞った。出会う店員さんがみんな優しくて、救われた。お金をもらっているからかもしれないけれど、お金が人を良くしてくれることも、スマイルゼロ円と同じくらい大切で健康なことだ。もちろん単に良い人なのだったら、それはほんとうにすごいことです。

父親はずっと店内や外を徘徊していて、何の相談もしなかった。何を聞いても「好きにしな」と「それも選択だね」しか答えなかった。

 携帯の説明は長かったし契約も難しかった。私はまだまだ親の脛をかじるので、様々なお金を負担しない。そういうことを考えるととてつもなく恥ずかしく、姿勢だけでもと一生懸命料金の説明を聞いたけれど、お金も払わないのにお金の説明を懸命に聞いているのもまた馬鹿々々しくて恥ずかしかった。けれど仕方ない。

保険やサービスも「好きにしな」と、父親はずっとパズルゲームをやっていた。紛失はおそらくないけれど、故障は分からないので、一番安い保険を選んだ。

ようやくぜんぶが終わったとき、「つかれたね」と話しかけたら父親が大きく頷いた。それがすごくうれしかった。話しかけて、父親の横顔が大きく縦に動いたのがうれしかった。

新しい携帯になったので、スマホカバーとフィルムを買っていい?と聞いたら後ろを歩く父親に「いいよ~」と言われた。後ろから聞こえた「~」も、仲良くなったみたいでうれしかった。適当に安いカバーを選んで買いに行こうとしたら、「ポイント使っていいよ」とポイントカードを渡されたので、使った。なんか書いてみたらお金のことばっか考えてて嫌になってきた。大事なことだけど…。

 

母親からなんか食べておいでよと言われていた。二人きりは気まずいと思っていたけれど、いざ「なにか食べて帰る?」と聞かれると嬉しくて「食べたいな~」と言ったら駅中の少し良いお寿司屋さんに行くことになった。(良いと言ってもいつもと比べてという…いやでもこういうので謙遜するのも逆に… とにかく私が一人ではいかないような…)

とにかく美味しかった。美味しいというと「よかったね~」と言われ、携帯が新しくなって良かったというと「よかったじゃん」と言われる。私はあまり話すのが上手くないし、父親も困ってたのだろう。最近食べたイタリアンプリンアイスがとても美味しかった話をして、また「よかったね~」と言われたりした。よかった。よかったです。父親がよくわからない三貫セットを頼み、彼が食べるのかと思っていたら、「普段食べない奴を食べないと」と目の前にお皿を置かれ、食べていいの?と聞いたら食べていいよと言われたので、食べた。カツオとスズキともう一貫はわすれてしまった。(メから始まる白い魚)三貫とも肉厚で、脂が少なく、特に好みではなかったけれど、美味しかった。新鮮だった気もする。そういうのは分からないけど。でも今も思い出して、色々考えて、気恥ずかしいうれしさが残っている。

いくらが美味しかったと話したら「もう一貫頼めばいいじゃん」と言われた。頼まなかったけれど、そう言われたのが嬉しかった。愛じゃんと思った。(いくらはいくらから海の味がして、美味しかった。感動した)

帰りのバスが来る時刻まで、駅の中をすこしだけ歩いた。二人で歩きながら、昔スーパーで父親に連れられ「スーパーの醍醐味だよ」と試食を食べ回ったことを思い出していた。楽しかったけれど、もうそんなことをする日は無いだろう、試食コーナーのあるスーパーにも行かなくなった。

 帰りのバスの中、すこしだけ話した後、父親は寝た。気配で寝たのを感じてから、もう使わないiPhoneに入っているパズルゲームで時間を潰した。外の景色は見なかった。今日のことをふりかえりながら、お父さんとも喋れて、機種も自分で選べて、なんかよかったな~と思ったら、バスの中で泣きそうになった。よかったな~。